NOBILES Days
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住まいが自然豊かなところというのは再三書いているが、実は蛍さえも飛んでいるらしい。
先週末、近くに住む友人から連絡を受けた。今、見れると。それで、娘も連れて徒歩だと30分もかかる場所までわざわざ出向いてみた。
実を言うと昨年も同様に友人の情報を元に出かけてみたのだが、嫁さんが身重だったのと、あまりの暗さに戦いて引き返してしまったのだった。
その日も、雨上がりで足下が緩かったが、虎穴に入らずんば、と街灯のない真っ暗な小川沿いの獣道に入って行った。
そこには、星のように瞬く蛍がたくさん光っていた。
蛍の航跡が見える（3枚を合成している）
(PentaxK10D, PentaxDAFisheye10-17mmF3.5-4.5(10.0mm), ManualAperture, 30sec, F3.5, ISO640)
実は蛍、特にこんなにたくさん飛んでいるのを見たのは初めてだったかもしれない。淡く、緩やかに飛ぶ光を眺めるのはとても癒される気分だった。雨上がりの潤った空気は人間にとっても心地よいものだった。
綺麗な水、灯りがなく、静かな場所でなければ蛍は飛ばない。自然を残すことの大切さが身にしみた。
どうも、押しつけのエコって苦手なのだが、こうして自然の豊かさに触れる方が全然エコを考えるきっかけになるんじゃなかろうか。
怒涛の5月を乗り切ったので、6月最初の一週間は連日、会社に間に合う中では一番遅い時間の電車になってしまった。朝起きて娘と戯れていると時間を忘れてしまうのだ、と言い訳しておこう。
それで、久々にその時間の電車に乗ってふと何かが足りないことに気づいた。いつもこの電車の東側の窓際に立つと延々と20分近く併走していたもの...。それはブルートレインだ。3月末のダイヤ改正をもって、ブルートレインは姿を消したのだ。
以前にも述べたように、俺は物心ついた頃から、中学生の時にF-1にハマるまでの間、いわゆる「鉄ちゃん」だった。だから小さい頃から「いつかブルートレインに乗りたい」と思っていた。
その願いが叶うのは10歳を過ぎてからだった。
母方の田舎は九州だった。それまでは確か飛行機で行っていたと記憶しているが、母が飛行機が苦手だったので、それにかこつけて「ならブルートレインで行こうよ」と俺が言い出したのではないかと思う。さすがに往復で寝台は厳しいので、行きのみにして、帰りは新幹線だった。旅費が馬鹿にならないので父は留守番で、母と妹の3人で行った。
結局2度か3度ブルートレインに乗ったのだが、その中でもとても強烈に覚えている思い出がある。
...甘酸っぱいヤツだ。
当時、何かにつけて、お互いに対抗していた子がいた。いや、大半は俺からだったと思うけど。いつも膝丈くらいのスカートにハイソックスを履いて、おかっぱが少し長いくらいの髪の毛で、ちょっとお嬢様風な出で立ちなのに、言うことははっきりと言う、そんな子だった。そんなところが生意気に感じられたのと、まあ（あくまでガキレベルで）学力レベルがちょっと高いところで拮抗していたので、張り合っていたのだ。
まあ今から思えば気になってしょうがないのは好きの裏返しだし、周りからも「夫婦喧嘩」などと冷やかされていたのだが、本人は全然その気はなかったのだ。本当に。
だから、彼女が私立の学校へ行くことが決まっても、まあ少し寂しくなるな、程度の気持ちしかなかったと思う。
そして、卒業してその子と違う道に進むことになった直後の春休みに、母の実家に行くべくまたブルートレインに乗った。
知っている人は知っていると思うが、ブルートレインの内部について解説しよう。
中距離を走る列車には、向かい合わせのボックスシートが、真ん中の通路を隔てて左右にあるという形態が多いと思うが、その通路を端っこに追いやって、片側の座席だけが長大化したものをイメージして欲しい。そうすれば、人が足を伸ばして横になれると想像できるだろう。
そしてその座席はベッドとしてそこそこ快適に眠れるよう座面は奥行き70cmほどあり、さらに高さ150cm程度のところに二段目のベッドが存在する。だから大きなボックスシートそれぞれは壁で仕切られるような形になっていた。そして、向かい合わせの椅子と椅子の間の窓側には、二段目のベッドへ上がるためのはしごが存在した。
ブルートレイン14系のB寝台客室
...あ、これは俺らの乗ったB寝台のことで、A寝台はもっと広いベッドだし、個室寝台もある。
何時だったか覚えていないが、時間になると電気の光が落とされる。客は自分で座席にシーツをひき、横になる。もちろん、寝る時には各寝台ごとにカーテンで仕切られることになる。列車の中としては異例にプライベートな空間が出来上がると言って良いだろう。
ブルートレインは機関車に引かれて走るので、客室車両では基本的にモーターの音はしない。ただ、車輪がレールの継ぎ目をまたぐ時のカタンコトンいう音が静かに聞こえるだけだ。
こうした周期的な音というのは本来人間の脳にα波をもたらし、眠りに誘う効果があるものだ（電車ですぐ寝てしまうのはこのためだ）。だが、そのときの俺は、ブルートレインという憧れの非日常空間にいるという興奮に襲われ、全然眠ることができなかった。だから、体を起こし窓側のカーテンを開けてぼんやりと外を眺めてみることにしたのだ。
外とは言っても、街を外れた田舎を走っている上に深夜なので、特段何が見えるわけではない。しかし、後方へ流れていく民家や車の灯りと、いつまで経っても動かない星空とのコントラストが妙に美しく感じられて、飽きもせずに見ていた。
そして周期的なレールの音を聞いているうちに、ふと、これまでの思い出と、これからの新生活へと想いが巡った。新しい制服を着た自分。旧知の友人と、他の学校から来た新しいクラスメート。新たなる学び舎。新たなる教科。希望と、不安。
だが、何かが足りない。
...あの子が、いない。
いつも小生意気に言い返してくる、あの子はいない。
新しい生活に、あの子は、いない。
当たり前だったはずの事実に改めて気づいて愕然とする俺がいたのだ。
と、ブルートレインが速度を落とし、煌々と灯りの点る駅へと滑り込んだ。既に深夜。ここから乗り込む人もほとんどいないが大きな駅には一応停車するのだ。確かそれは大阪とか神戸とか、既に関西の駅だったと思う。その駅名を見て俺は、既に本来の生活の場所からえらく遠く離れた場所にいるのだという実感にのしかかられた気がした。たとえそれは旅行による一時のものであったとしても、妙に心細く感じられたのだ。それは、今想像を巡らせた新生活に存在しなかったあの子と、物理的にもどんどん離れていく感覚につながっていった。
再び闇へと走り出したブルートレインの中で、様々な高揚感と不安感がないまぜになった中で、再び流れる街灯りと動かない星空を見ているうちに、俺の中にそれまで感じたことないような、そして以降もほとんど経験することのないような、止めどないうねりのような感情が押し寄せて来た。
そして、気づいた。
これが、恋か。と。
昔からアマノジャッキーで、異性と仲良くするのは格好悪いなどという倫理観をどこかで持っていた俺だ（きっと女の子といるとすぐに冷やかす母に対する幼稚な反抗心だったと思う）。それでも、それまでに気になった女の子がいなかったわけじゃない。でも、俺がはっきりと自身の初恋というものに気づいたのはブルートレインという超非日常的空間だったからだと思うのだ。そうでなければ、それはもっと遅かったかもしれない。例えば、飛行機や新幹線ではこうした気持ちには絶対にならなかったはずだ。
在りし日のブルートレイン
移動手段である交通機関の性能の向上は旅の目的地を近いものにした。移動時間を無駄なものであると定義したならば、もちろん大変に有意義なことだ。
しかし、時間をかけて移動すること自体もまた旅だ。絶えず流れていく風景は無常の概念につながる。日常と遠く離れた場所は、自分の深い内面と向き合うことを促す。とてもスローで、プライベートな空間を持つブルートレインは、まさに旅愁という言葉が似合う列車ではなかったかと思う。実際、高度成長期には「走るホテル」として持てはやされ、憧れの列車であったというし、物書きの人が原稿を書くために寝台列車の個室を使うという話も聞いたことがある。
だが残念ながら、一般の座席を敷き詰めた特急列車と比べても、ブルートレインの定員は半分にも満たないものだった。だから、料金は高止まりのままだったし、JRの分割以降、会社間をまたぐ列車の運行がやりづらくなったという事情もあるようだ。人々はよりスピードを求めるようになり、モデルチェンジもなく性能が上がることのなかった客車の老朽化も進み、やがて乗車率も大きく下降し、ついに廃止となってしまったというわけだ。思い入れ深い俺にとっては、大変残念な思いは残る。
日ごろ、時間に追い立てられるように暮らしている。今俺は、いつ、どこで自分の深層と向き合えているだろうか。ブルートレインの代わりに併走することになった満員の通勤電車を眺めながら、そんな思いにふけるのである。
先週末、近くに住む友人から連絡を受けた。今、見れると。それで、娘も連れて徒歩だと30分もかかる場所までわざわざ出向いてみた。
実を言うと昨年も同様に友人の情報を元に出かけてみたのだが、嫁さんが身重だったのと、あまりの暗さに戦いて引き返してしまったのだった。
その日も、雨上がりで足下が緩かったが、虎穴に入らずんば、と街灯のない真っ暗な小川沿いの獣道に入って行った。
そこには、星のように瞬く蛍がたくさん光っていた。
蛍の航跡が見える（3枚を合成している）
(PentaxK10D, PentaxDAFisheye10-17mmF3.5-4.5(10.0mm), ManualAperture, 30sec, F3.5, ISO640)
実は蛍、特にこんなにたくさん飛んでいるのを見たのは初めてだったかもしれない。淡く、緩やかに飛ぶ光を眺めるのはとても癒される気分だった。雨上がりの潤った空気は人間にとっても心地よいものだった。
綺麗な水、灯りがなく、静かな場所でなければ蛍は飛ばない。自然を残すことの大切さが身にしみた。
どうも、押しつけのエコって苦手なのだが、こうして自然の豊かさに触れる方が全然エコを考えるきっかけになるんじゃなかろうか。
怒涛の5月を乗り切ったので、6月最初の一週間は連日、会社に間に合う中では一番遅い時間の電車になってしまった。朝起きて娘と戯れていると時間を忘れてしまうのだ、と言い訳しておこう。
それで、久々にその時間の電車に乗ってふと何かが足りないことに気づいた。いつもこの電車の東側の窓際に立つと延々と20分近く併走していたもの...。それはブルートレインだ。3月末のダイヤ改正をもって、ブルートレインは姿を消したのだ。
以前にも述べたように、俺は物心ついた頃から、中学生の時にF-1にハマるまでの間、いわゆる「鉄ちゃん」だった。だから小さい頃から「いつかブルートレインに乗りたい」と思っていた。
その願いが叶うのは10歳を過ぎてからだった。
母方の田舎は九州だった。それまでは確か飛行機で行っていたと記憶しているが、母が飛行機が苦手だったので、それにかこつけて「ならブルートレインで行こうよ」と俺が言い出したのではないかと思う。さすがに往復で寝台は厳しいので、行きのみにして、帰りは新幹線だった。旅費が馬鹿にならないので父は留守番で、母と妹の3人で行った。
結局2度か3度ブルートレインに乗ったのだが、その中でもとても強烈に覚えている思い出がある。
...甘酸っぱいヤツだ。
当時、何かにつけて、お互いに対抗していた子がいた。いや、大半は俺からだったと思うけど。いつも膝丈くらいのスカートにハイソックスを履いて、おかっぱが少し長いくらいの髪の毛で、ちょっとお嬢様風な出で立ちなのに、言うことははっきりと言う、そんな子だった。そんなところが生意気に感じられたのと、まあ（あくまでガキレベルで）学力レベルがちょっと高いところで拮抗していたので、張り合っていたのだ。
まあ今から思えば気になってしょうがないのは好きの裏返しだし、周りからも「夫婦喧嘩」などと冷やかされていたのだが、本人は全然その気はなかったのだ。本当に。
だから、彼女が私立の学校へ行くことが決まっても、まあ少し寂しくなるな、程度の気持ちしかなかったと思う。
そして、卒業してその子と違う道に進むことになった直後の春休みに、母の実家に行くべくまたブルートレインに乗った。
知っている人は知っていると思うが、ブルートレインの内部について解説しよう。
中距離を走る列車には、向かい合わせのボックスシートが、真ん中の通路を隔てて左右にあるという形態が多いと思うが、その通路を端っこに追いやって、片側の座席だけが長大化したものをイメージして欲しい。そうすれば、人が足を伸ばして横になれると想像できるだろう。
そしてその座席はベッドとしてそこそこ快適に眠れるよう座面は奥行き70cmほどあり、さらに高さ150cm程度のところに二段目のベッドが存在する。だから大きなボックスシートそれぞれは壁で仕切られるような形になっていた。そして、向かい合わせの椅子と椅子の間の窓側には、二段目のベッドへ上がるためのはしごが存在した。
ブルートレイン14系のB寝台客室
...あ、これは俺らの乗ったB寝台のことで、A寝台はもっと広いベッドだし、個室寝台もある。
何時だったか覚えていないが、時間になると電気の光が落とされる。客は自分で座席にシーツをひき、横になる。もちろん、寝る時には各寝台ごとにカーテンで仕切られることになる。列車の中としては異例にプライベートな空間が出来上がると言って良いだろう。
ブルートレインは機関車に引かれて走るので、客室車両では基本的にモーターの音はしない。ただ、車輪がレールの継ぎ目をまたぐ時のカタンコトンいう音が静かに聞こえるだけだ。
こうした周期的な音というのは本来人間の脳にα波をもたらし、眠りに誘う効果があるものだ（電車ですぐ寝てしまうのはこのためだ）。だが、そのときの俺は、ブルートレインという憧れの非日常空間にいるという興奮に襲われ、全然眠ることができなかった。だから、体を起こし窓側のカーテンを開けてぼんやりと外を眺めてみることにしたのだ。
外とは言っても、街を外れた田舎を走っている上に深夜なので、特段何が見えるわけではない。しかし、後方へ流れていく民家や車の灯りと、いつまで経っても動かない星空とのコントラストが妙に美しく感じられて、飽きもせずに見ていた。
そして周期的なレールの音を聞いているうちに、ふと、これまでの思い出と、これからの新生活へと想いが巡った。新しい制服を着た自分。旧知の友人と、他の学校から来た新しいクラスメート。新たなる学び舎。新たなる教科。希望と、不安。
だが、何かが足りない。
...あの子が、いない。
いつも小生意気に言い返してくる、あの子はいない。
新しい生活に、あの子は、いない。
当たり前だったはずの事実に改めて気づいて愕然とする俺がいたのだ。
と、ブルートレインが速度を落とし、煌々と灯りの点る駅へと滑り込んだ。既に深夜。ここから乗り込む人もほとんどいないが大きな駅には一応停車するのだ。確かそれは大阪とか神戸とか、既に関西の駅だったと思う。その駅名を見て俺は、既に本来の生活の場所からえらく遠く離れた場所にいるのだという実感にのしかかられた気がした。たとえそれは旅行による一時のものであったとしても、妙に心細く感じられたのだ。それは、今想像を巡らせた新生活に存在しなかったあの子と、物理的にもどんどん離れていく感覚につながっていった。
再び闇へと走り出したブルートレインの中で、様々な高揚感と不安感がないまぜになった中で、再び流れる街灯りと動かない星空を見ているうちに、俺の中にそれまで感じたことないような、そして以降もほとんど経験することのないような、止めどないうねりのような感情が押し寄せて来た。
そして、気づいた。
これが、恋か。と。
昔からアマノジャッキーで、異性と仲良くするのは格好悪いなどという倫理観をどこかで持っていた俺だ（きっと女の子といるとすぐに冷やかす母に対する幼稚な反抗心だったと思う）。それでも、それまでに気になった女の子がいなかったわけじゃない。でも、俺がはっきりと自身の初恋というものに気づいたのはブルートレインという超非日常的空間だったからだと思うのだ。そうでなければ、それはもっと遅かったかもしれない。例えば、飛行機や新幹線ではこうした気持ちには絶対にならなかったはずだ。
在りし日のブルートレイン
移動手段である交通機関の性能の向上は旅の目的地を近いものにした。移動時間を無駄なものであると定義したならば、もちろん大変に有意義なことだ。
しかし、時間をかけて移動すること自体もまた旅だ。絶えず流れていく風景は無常の概念につながる。日常と遠く離れた場所は、自分の深い内面と向き合うことを促す。とてもスローで、プライベートな空間を持つブルートレインは、まさに旅愁という言葉が似合う列車ではなかったかと思う。実際、高度成長期には「走るホテル」として持てはやされ、憧れの列車であったというし、物書きの人が原稿を書くために寝台列車の個室を使うという話も聞いたことがある。
だが残念ながら、一般の座席を敷き詰めた特急列車と比べても、ブルートレインの定員は半分にも満たないものだった。だから、料金は高止まりのままだったし、JRの分割以降、会社間をまたぐ列車の運行がやりづらくなったという事情もあるようだ。人々はよりスピードを求めるようになり、モデルチェンジもなく性能が上がることのなかった客車の老朽化も進み、やがて乗車率も大きく下降し、ついに廃止となってしまったというわけだ。思い入れ深い俺にとっては、大変残念な思いは残る。
日ごろ、時間に追い立てられるように暮らしている。今俺は、いつ、どこで自分の深層と向き合えているだろうか。ブルートレインの代わりに併走することになった満員の通勤電車を眺めながら、そんな思いにふけるのである。
nobilesの投稿(23:58:20-2009-06-11) -
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