NOBILES Days

The Graduation (2/2)

Bright Spring
(PentaxK-3, PentaxFA77mmLimitedF1.8, 1/640sec, F4.5, ISO200)

（つづき）
ちょうど卒アルを入稿する直前のタイミングで、保育園最後の発表会があった。その終了後に、先生から卒園式の保護者代表の謝辞を読む人の募集があった。

長女のときは、私立小学校に進学する子のお父さんが真っ先に手を挙げた。教育がしっかりしている保育園だということで私立小でも評価が高いらしく、そこで代表をやるとハクがつくんだそうだ。
なので、今年も手を挙げる人はいるだろうと思って、俺は撮影機材を片付けていた。
だが、ホールは静まり返って誰も動く気配がない。
「じゃあ...じゃんけんということでよろしいですか？」
シビレを切らして、先生が切り出した。

えっ、えっ？大切な子どもの卒園式で卒園児保護者代表がじゃんけん選抜？まるで罰ゲーム扱いじゃないか。

「やります」

左手にレンズを握りしめたまま、右手を挙げた。

躊躇なく手を挙げたのには、ある事情もある。この保育園の卒園式では、一切の撮影が禁止されているからだ。式を厳かにするためとも、会場が狭いからだとも言われているが、一説には数年前に勝手に業者を呼んで撮影させた代があって理事長の逆鱗に触れた、とも聞いた。
いずれにしても、どうせ撮影できないなら言葉くらい喋ってもいいだろ、と思ったのだ。中学で生徒会長やったくらいなので、人前で話すくらい大したことだと思っていないし。次女はクラスの中でリーダーシップを発揮しまくり、目立つ存在だったので、その親が代表で謝辞を述べるのも責任の取り方のひとつ？と思った。

先生が「お手本がありますから」なんて言っていたので、原稿を読む程度かと思っていたが、いざ「お手本」を受け取ってみたら過去3年分の生原稿だった。3年とも、話の流れは似たような感じだが、細かいところは結構変わっている。
それよりも驚いたのは3年前、長女の時の、例の私立に行った子のお父さんの原稿だ。超達筆の直筆だったのだ。

プレッシャーがかかる。他の2年はパソコン印刷だったけど、よりにもよって、長女の時が直筆だったとは。
俺は、下書きなしに白抜きレタリング文字を美しく書く特技はあるが、残念ながら書道は習っていなかった。どうする？全部レタリングで行くか？...いやいや。

腹を括った。
筆ペンでいいから、直筆で行こう。3年前の人のような達筆は無理だが、心を込めよう。

まあ、文章については専門家みたいなもんなんでね。「お手本」から結構手を入れた。前回冒頭で触れたような大震災の直後の話や、川崎病の話を盛り込んだ。
それでも次女をはじめクラスメートも、元気いっぱい、たくましく育った。そうなったのは、この保育園のおかげでもある、というのは偽らざる気持ちだった。

式の前日の春分の日、いよいよ、貰っていた台紙に筆入れする。四苦八苦だ。件のお父さんのような行書体は望むべくもない。途中で開き直って、明朝体フォントばりのレタリングを思わせる楷書体をせっせと綴った。まあ、なんとか恥ずかしくないものは書けたかな。

謝辞
(Panasonic DMC-GM5, Lumix G Vario 12-32mmF3.5-5.6(12.0mm), 1/160sec, F4.0, ISO200)

そして本番。
撮影禁止の式は、思っていた以上に厳かだ。子ども達も真剣な顔で、無駄口ひとつきかずに入場し、式次第をこなしていく。次女をはじめ、卒園児はみんな立派に卒園証書を受け取った。
だが、俺の前に祝辞を述べた園長が噛みまくりだったので大分ハードルが下がった。

いよいよ俺だ。
代表特権の、俺の名前が書かれた席から真っ直ぐに、園児達の中を突っ切る花道を通り、先ほど噛みまくった園長が立っている演壇前に出た。
方々に礼をして正面の園長に向き直り、原稿を包みから出し...うっ、いきなり包みを落としてしまった。

一応慌てずに拾い、原稿を広げたが、想像以上に自分の顔がこわばっていることに気づく。厳かな場で、100人ほどの目と耳が自分ひとりに集中しているというのはかなりのプレッシャーだった。まして、次女の晴れ舞台でカッコ悪いことはできない。

「俺の前には、さっき噛み噛みだった園長しかいねえ！」自分に暗示をかけた。幸いにして、声が震えたりすることもなく、かといって棒読みでもなく、意外に冷静にコントロールして読み終えることができた。

後で他の親御さんには「感動しましたよ」とか声かけられたので、まあ役目は果たせたろう。逆に、「しっかりやらなきゃ」という思いの方が強くて、自分自身は式に感動しきれなかった面はあった。

さて、式の後には有志の親御さんが予約してくれた集会所で、ほぼ全ての家庭が参加して卒園パーティーが催された。

ここでも、俺には一仕事あった。
パーティーの幹事ママから、卒園式の集合写真の提供をお願いされたのだ。その日の模様を直後に渡されたら嬉しいんじゃないか、ということだった。
まだまだ勝手気ままな子ども達の集合写真をおさえるのは一苦労だったが、なんとか確保した。
着替えて、パーティーに行くまでの間に全員分を印刷した。

それもあって、少し遅れて到着したパーティーだが、子ども会の役員もやっていたというママさんがほぼ徹夜で飾り付けをしたり、ゲームを企画したりして、手作りながら実に素敵なものになった。

「18」...18人を表す飾り付けだが、卒アル辞退者がパーティも辞退したので、残念ながら17人になってしまった
(Panasonic DMC-GM5, Lumix G Vario 12-32mmF3.5-5.6(22.0mm), 1/60sec, F4.9, ISO1000)

業者で製本されて完成したアルバムも、このパーティーで配布された。
集合写真も合わせ、わあっと、みんなが楽しそうに開いて眺めているのを見るとやった甲斐があったというものだった。

パーティーが終わって帰路に着くと、散々遊んだ次女は車内で爆睡を始めた。
その寝顔を見ていたら、なんだか、式で感動しきれなかった分の感慨がじわじわ湧き上がってきた。別に、涙を流すというわけでもなく、なんだかふわふわした、心地良いような、嬉しいような、少し切なさもあるような、不思議な感覚だった。

ちなみに、その後みんなにLINEで卒アルのPDF版を提供した。スマホやパソコンでも楽しめる。なにしろ、全ページを俺がスキャンしているので、こんなことが可能だったわけだ。そうしたら、辞退者から「私はミニマリストなので物理的なものは遠慮させていただいたのです。他意はないんです」といった書き込みがあった。
...世の中、いろんな人がいるもんだね。思い出もミニマルなのかな。

それはともかく。明日はいよいよ入学式だ。次女に素敵な小学校ライフが待っていることを願って。

nobilesの投稿(23:57:37-2018-04-08) - カテゴリ: Main

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