NOBILES Days
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彼は突然職を失った。
大好きな職業だったが、大きな兆候もなかったのに、ある日出社したら会社がつぶれていた。解雇通知は寝耳に水のことだった。数ヶ月ほど前のことだ。
...詳しくはここでは明かさないが、彼は俺にとって大事な人物だ。彼のことをここに書くのは、正直言って迷った。でも、余りにも無念であろう彼の思いに少しでも報いるためにせめて、執筆者である俺ができることは、文章を書くことかもしれない、と考えた。
護摩の上にちょこんと乗っていた狛犬（本文とは関係ございません）
(PentaxK-7, PentaxFA31mmLimitedF1.8, ApertureValueMode, 1/160sec, F3.2, ISO320)
いきなり職がなくなる。極めてショッキングな事態だ。
単に早期優遇退職で「お前辞めたらたくさん金やるよ」と言われただけでも俺には少なからず心の傷になった。突然解雇を言い渡されるショックはいかばかりだったろうか。
一方でその会社は、規模を縮小して再生を図ることになった。まだ若く、真面目で有望だった彼は、再生する会社から誘いもあった。好きな職に戻るという選択肢も、彼にはあったわけだ。
しかしこの時代、その会社に戻ったとしてもいつまで会社がもつかなど予測できない。自分の職種でずっとツブシがきくのか、不安も感じていた。何より、いきなり解雇を突きつけられた会社に、また笑顔で戻るなど、難しいことだっただろう。
実は彼の妻には、彼らの子どもが宿っている。新しい命のためにも、ステップアップをするべきじゃないか。そんな思いが彼の背中を押したのだと思う。
彼は前の会社からの誘いを断り、新しい職種での転職活動を始めたのだった。
曲がりなりにも転職の先輩ということになる俺は、転職活動中の彼に会った時に、俺が活動中に友人maruから教えてもらった例の本を貸した。
それから1〜2ヶ月も経たない間に、幸運にも彼は、新たに希望した職種で内定を得たのだった。入社後の上司からは「何人かの候補の中から、満場一致で君を選んだんだ」と言われたそうだ。本が参考になったという言葉を聞いて、俺もなんだか自分のことのように嬉しくなった。
新しい道でのスタート。給料も上がるという。そして、間もなく子どもも生まれる。羨ましくなるくらい、彼の前途は洋々に見えた。
しかし、入社して間もなく、彼はため息をつくことが多くなったという。
彼が入社するのとほぼ時を同じくして、事務仕事を一手に担っていた派遣社員が辞めることになったそうだ。
「次の派遣社員が入るまで」。
そう言われて、彼はその派遣社員の事務仕事を引き継ぐことになった。
「君には、事務の仕事もできるマルチプレイヤーになって欲しいんだ」とも。
それは、彼が望んだ仕事ではなかった。いや、そもそも採用案件と異なる。もともとパソコンをチマチマ扱うのは得意ではなかった。それでも真面目な彼は、それをこなせれば本来の職種に入れる、という思いを糧に、なんとか引き継いで職務を果たそうとした。
それでも、どうしても分からないことが出てくる。しかし、上長を含め周囲の同僚はその事務仕事は全然把握していなかった。もういない派遣社員が一手に担っていたからだ。
「あー、ダメダメ、分かんないよ、俺」「自分の仕事なんだから、自分で考えろ」。
この頃から、彼は恒常的に下痢を起こすようになった。俺達と会う時には気丈に振舞っていたが、見るからに元気がなく、実際大きく体重も減っていたという。
でも、生まれてくる命のためにも、彼は歯を食い縛って耐えた。
しかし、唯一の希望の光とも言えた、本来の職種については、入社して1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎても一向に仕事をさせてくれる気配が現れなかったという。
ある日彼は、急ぎと言われた仕事を片付けるべく、四苦八苦しながら残業していた。
すると、上長が来て語気を荒げて言った。
「何をやってるんだ」
期日内で終わらせるためだと言うと、
「もう少しさ、効率とか優先順位とか考えろよ」
経験がないから、教えて欲しいと請うと
「そんなことは自分で考えるんだ」
苦手な事務仕事に対する嫌悪感が強くなると同時に、本来希望した職種への淡い希望も段々と萎んでいった。やがて彼は、朝起きてもトイレに篭るような状態になった。身体が、会社に行くことを完全に拒否するようになってしまったのだ。
そして。
「軽い、心の病の状態にあります」
訪れた病院で、医師ははっきりそう言ったという。診断書も書く、と。
ここに至り、彼は一つの決断を下した。その診断結果も踏まえ、退職すると上司に電話をかけたのだった。
「そこまで悩んでいたなんて申し訳なかった。今後の働き方について、一緒に話し合おう」
きっと、そういう応えが帰ってくるのが、彼にとって最後の細い細い希望の糸であり、ある意味で賭けでもあったのだろう。
だが、現実には。
「病気だなんて、そんなものは怠け病だ。社会人として甘えがあるんじゃないのか」
「お前が辞めたら俺の管理責任が問われる。どうしてくれるんだ。辞表は受け取らないぞ」
ぷっつり、あっさりと、糸は切られた。
その時、電話をする彼の手はぶるぶると震えていたという。その会社の社員としての彼が、事実上潰えた瞬間だった。ここに至り、彼と会社の関係は修復不可能になった。
翌日、今度は部長から電話がかかってきたが、その口から出るのは、同じようなひどい言葉ばかりだったという。
つまりは、会社自体のスタンスがその程度のものだということだ。育成などという思想はない。心の病に対する理解もない。あるのは、自己保身ばかりというわけだ。そもそも、彼の採用と同時に「たまたま」派遣社員が辞めるなんてどう考えてもタイミングがおかしい。最初からそのつもりだったのではないか。彼は、志した新たなチャレンジのスタートラインに立たせてもらえなかった。
結局、彼の側が極めて事務的に、「退職に必要な書類は送ったので、処理をお願いします」と言うと、ようやく渋々了承したという。
本当に、彼には何と声をかけていいものだろうか。気の毒にという言葉以外見つからない。
こんなひどい会社であることに早く気づき、脱出できることを前向きにとらえて欲しいし、たとえこんな会社でも採用したからには何か彼自身に光るものがあったのだと自信にして欲しい。
でも今はとにかく、心に負った傷を癒して欲しい。今だけは、後のことを考える必要はない。産まれてくる子どもを笑顔で迎えられるように。
大好きな職業だったが、大きな兆候もなかったのに、ある日出社したら会社がつぶれていた。解雇通知は寝耳に水のことだった。数ヶ月ほど前のことだ。
...詳しくはここでは明かさないが、彼は俺にとって大事な人物だ。彼のことをここに書くのは、正直言って迷った。でも、余りにも無念であろう彼の思いに少しでも報いるためにせめて、執筆者である俺ができることは、文章を書くことかもしれない、と考えた。
護摩の上にちょこんと乗っていた狛犬（本文とは関係ございません）
(PentaxK-7, PentaxFA31mmLimitedF1.8, ApertureValueMode, 1/160sec, F3.2, ISO320)
いきなり職がなくなる。極めてショッキングな事態だ。
単に早期優遇退職で「お前辞めたらたくさん金やるよ」と言われただけでも俺には少なからず心の傷になった。突然解雇を言い渡されるショックはいかばかりだったろうか。
一方でその会社は、規模を縮小して再生を図ることになった。まだ若く、真面目で有望だった彼は、再生する会社から誘いもあった。好きな職に戻るという選択肢も、彼にはあったわけだ。
しかしこの時代、その会社に戻ったとしてもいつまで会社がもつかなど予測できない。自分の職種でずっとツブシがきくのか、不安も感じていた。何より、いきなり解雇を突きつけられた会社に、また笑顔で戻るなど、難しいことだっただろう。
実は彼の妻には、彼らの子どもが宿っている。新しい命のためにも、ステップアップをするべきじゃないか。そんな思いが彼の背中を押したのだと思う。
彼は前の会社からの誘いを断り、新しい職種での転職活動を始めたのだった。
曲がりなりにも転職の先輩ということになる俺は、転職活動中の彼に会った時に、俺が活動中に友人maruから教えてもらった例の本を貸した。
それから1〜2ヶ月も経たない間に、幸運にも彼は、新たに希望した職種で内定を得たのだった。入社後の上司からは「何人かの候補の中から、満場一致で君を選んだんだ」と言われたそうだ。本が参考になったという言葉を聞いて、俺もなんだか自分のことのように嬉しくなった。
新しい道でのスタート。給料も上がるという。そして、間もなく子どもも生まれる。羨ましくなるくらい、彼の前途は洋々に見えた。
しかし、入社して間もなく、彼はため息をつくことが多くなったという。
彼が入社するのとほぼ時を同じくして、事務仕事を一手に担っていた派遣社員が辞めることになったそうだ。
「次の派遣社員が入るまで」。
そう言われて、彼はその派遣社員の事務仕事を引き継ぐことになった。
「君には、事務の仕事もできるマルチプレイヤーになって欲しいんだ」とも。
それは、彼が望んだ仕事ではなかった。いや、そもそも採用案件と異なる。もともとパソコンをチマチマ扱うのは得意ではなかった。それでも真面目な彼は、それをこなせれば本来の職種に入れる、という思いを糧に、なんとか引き継いで職務を果たそうとした。
それでも、どうしても分からないことが出てくる。しかし、上長を含め周囲の同僚はその事務仕事は全然把握していなかった。もういない派遣社員が一手に担っていたからだ。
「あー、ダメダメ、分かんないよ、俺」「自分の仕事なんだから、自分で考えろ」。
この頃から、彼は恒常的に下痢を起こすようになった。俺達と会う時には気丈に振舞っていたが、見るからに元気がなく、実際大きく体重も減っていたという。
でも、生まれてくる命のためにも、彼は歯を食い縛って耐えた。
しかし、唯一の希望の光とも言えた、本来の職種については、入社して1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎても一向に仕事をさせてくれる気配が現れなかったという。
ある日彼は、急ぎと言われた仕事を片付けるべく、四苦八苦しながら残業していた。
すると、上長が来て語気を荒げて言った。
「何をやってるんだ」
期日内で終わらせるためだと言うと、
「もう少しさ、効率とか優先順位とか考えろよ」
経験がないから、教えて欲しいと請うと
「そんなことは自分で考えるんだ」
苦手な事務仕事に対する嫌悪感が強くなると同時に、本来希望した職種への淡い希望も段々と萎んでいった。やがて彼は、朝起きてもトイレに篭るような状態になった。身体が、会社に行くことを完全に拒否するようになってしまったのだ。
そして。
「軽い、心の病の状態にあります」
訪れた病院で、医師ははっきりそう言ったという。診断書も書く、と。
ここに至り、彼は一つの決断を下した。その診断結果も踏まえ、退職すると上司に電話をかけたのだった。
「そこまで悩んでいたなんて申し訳なかった。今後の働き方について、一緒に話し合おう」
きっと、そういう応えが帰ってくるのが、彼にとって最後の細い細い希望の糸であり、ある意味で賭けでもあったのだろう。
だが、現実には。
「病気だなんて、そんなものは怠け病だ。社会人として甘えがあるんじゃないのか」
「お前が辞めたら俺の管理責任が問われる。どうしてくれるんだ。辞表は受け取らないぞ」
ぷっつり、あっさりと、糸は切られた。
その時、電話をする彼の手はぶるぶると震えていたという。その会社の社員としての彼が、事実上潰えた瞬間だった。ここに至り、彼と会社の関係は修復不可能になった。
翌日、今度は部長から電話がかかってきたが、その口から出るのは、同じようなひどい言葉ばかりだったという。
つまりは、会社自体のスタンスがその程度のものだということだ。育成などという思想はない。心の病に対する理解もない。あるのは、自己保身ばかりというわけだ。そもそも、彼の採用と同時に「たまたま」派遣社員が辞めるなんてどう考えてもタイミングがおかしい。最初からそのつもりだったのではないか。彼は、志した新たなチャレンジのスタートラインに立たせてもらえなかった。
結局、彼の側が極めて事務的に、「退職に必要な書類は送ったので、処理をお願いします」と言うと、ようやく渋々了承したという。
本当に、彼には何と声をかけていいものだろうか。気の毒にという言葉以外見つからない。
こんなひどい会社であることに早く気づき、脱出できることを前向きにとらえて欲しいし、たとえこんな会社でも採用したからには何か彼自身に光るものがあったのだと自信にして欲しい。
でも今はとにかく、心に負った傷を癒して欲しい。今だけは、後のことを考える必要はない。産まれてくる子どもを笑顔で迎えられるように。
nobilesの投稿(23:51:46-2011-01-19) -
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