NOBILES Days
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未だ入院中のこの俺だが、この日曜日はたった一人の妹の旅立ちの日。すなわち、結婚式だった。この忌まわしい怪我のせいで、参加すら危ぶまれたのだが、公共の交通機関を使用しない、つまりマイカーかタクシーによる移動という条件で外出許可が出た。
道徳的無免許(?)の嫁さんは運転できないので、頼るべくはタクシーしかない。着替えのために病院から自宅までの5kmほど、自宅から式場までの20km弱、その往復なので結構な追加ご祝儀となってしまうが、一生に一度の大切な式だ。そこはケチケチせずに、それよりも参加できる喜びを噛み締めた。
幸せの象徴たち
(PentaxK-7, PentaxFA31mmLimitedF1.8, ProgramMode, 1/160sec, F5.0, ISO200)
まあ、こんな足なわけだが、おめでたい場面に行ってしまうと何がなんでも撮りたくなってしまうのが職業病ならぬ趣味病と言ったところか。「一体、どうしたの？」「大変ねー」「気をつけて」と散々親族から言われてから2時間も経たないうちに、披露宴では左足ケンケンで各所に現れては撮影してしまっている自分がいたのであった (′Д`;。
さすがに、単焦点レンズ装着＋足で稼ぐというのは無理で、ほとんどを高倍率ズームで片付けることとなり、撮影結果には不満が残るのだが、この足という条件で、無謀な試みを責める者がいたとしても、撮影結果の方を責める者はいまいと納得することにした (^_^;。ちなみに、病院食ばっかの胃がびっくりするかも、と思いつつもしっかり完食した。いつものことだ。だって右足以外はいたって健康なのだ。
俺が就職するまでずっと一緒だった妹が、こうして旦那となった人と旅立つのはやっぱり、少し寂しいような、嬉しいような、不思議な感覚だった。しかし、その旦那がとても穏やかな好青年だったので、自信を持って送り出せる。とても晴れやかな気分で過ごせた式だった。
ちなみに俺は偶然に近い形で、両親よりも先に旦那と会っていた。旦那と、俺の嫁さんの誕生日が一日違い、付き合い始めた日も一日違い。二人が付き合い始めた直後に、俺達夫婦がダンナの住む寮と同じ町に偶然引っ越すなど、どうもうちの夫婦とは数奇の一致がある妹夫婦だ。
さて、入院日記に戻る。
これまで触れてこなかったが、この病院の病室にはヒエラルキーが存在する。すなわち、一日あたりの増額が15700円の個室を頂点とし、同2100円の「差額部屋」、そして差額なしのいわゆる「平民部屋」（今俺が名付けた (^_^;）という階層である。
その差は装備で、個室はもちろん部屋に一人。何やろうが自由である（そうじゃないだろ）。ユニットバスに専用電話まで装備しているらしい。冷蔵庫も無料。さすがヒエラルキーの頂点に君臨するだけのことはある。が、2週間入院予定の俺がこんなとこ入った日にゃ増額値だけで20万越えである。
「差額部屋」（これはほぼ公式名称）はと言うと、隣のベッドとの仕切りとして大きな家具が置かれる。大小の引き出しもついていて、結構な収容力だ。部屋自体の内装もちょっと綺麗でベージュがかっているし、照明は白熱灯の暖かい光となっている。2週間でおよそ3万...。
というわけで、平民な俺はさっくりと平民部屋である。差額部屋にあった間仕切りの大きな家具は高さ1メートルちょいの小さなロッカーに姿を変える。しかも、棚が一段しかないので「靴」「その他」という分類しかできないのが悩みどころだ。照明も味気ない蛍光灯だし、内装も小学校の教室のようだ。
それでも、ベッド脇のテレビ台？の装備は差額部屋と一緒で（当然個室なんて入ってないから同じかどうか知らん）、19インチの液晶テレビはどうやらPC端末に繋がっており、この端末によってテレビ番組も見れるし、有料で映画やゲームも楽しめるというものだった。テレビカードは1枚1000円で冷蔵庫と共用。テレビは30秒だかあたりで1円、冷蔵庫は24時間50円となっている。
で、俺はテレビはそんなに見ないので、テレビ用のLANをぶっこ抜いて勝手に自分のPowerBookを繋げているわけだ。テレビは有料だけどネットは無料だもんね。
ただ、そうするとテレビとMacは排他仕様となるため、Macで遊びながら「ちょっとニュースを」とテレビをうっかりつけると「LAN繋がってねーよ」と文句を言われ、端末を再起動するまでろくにテレビも見れなくなる。ますますテレビは向こうに追いやられる始末となる。
冷蔵庫もちょっとイマイチで、1.5リットル以上のペットボトルが入らないのだ。だから友人や家族が買ってきたペットボトルも常温で外に放置である。牛乳は頭の部分を折り曲げてギリギリセーフ。一体どういう基準で寸法設計してるんだ。
逆を言えば、このヒエラルキーは純粋に装備の差で、まあ当たり前だけど医療サービスとしての差はない（多分）。差額部屋の人達でもオグシオさんに髪を洗ってもらった人は多分いない（そこ？）。まあ平民部屋だったことによる不満は特に感じていない。
ちなみにハスキー声のご婦人は差額部屋にいらっしゃる。とても素敵な花を家具に置いていて、差額部屋をうまく使ってらっしゃるなあ、と思う。個室は知らんが、平民部屋より差額部屋の方が少し部屋数が多く感じられる。入院中くらい、すこしリラックスしたいと思うのが人情なのだろうか？
さて、話は手術の日を含めて数えて3日目（翌々日）。この日は土曜日（ハスキー婦人の誕生日）だった。
午前中に向かいのベッドの優しいおじいさんと、はす向かいの若者が相次いで退院していった。部屋には俺一人になった。寂しくなって(?)病院と最寄り駅を同じくする会社の同期がいたので、試しにメールしてみたら、見舞いに来てくれると言う。
午後になって、大柄で汗っかきな彼は相変わらずハンカチでおでこを拭きながら、パステルのやわらかプリンの包みを持って現れた。彼の嫁さんとも顔見知りで良く飲むのだが、今回は用事があって彼だけ。それでも嬉しい。今回の事故の経緯を話したり、アメフトをやっていた彼自身の肘の怪我の話、同期の話などを30〜40分はしたろうか。友人の結婚式二次会があるとのことで帰って行った。
彼の訪問と前後する時間だったと記憶しているが、隣のベッドに新たな入院者が入った。腰を悪くされた初老の声が高い男性のようだった。とりあえず、4人部屋で独りぼっちで寝る事態は避けられそうだとちょっと安心する。
14時半になってリハビリルームへ行く。外来の人達も利用するため、リハビリルームは外来窓口のある1階にある。相変わらず看護士さんに付き添ってもらい、車椅子で向かう。入院してから初めて1階に下りた。土曜のため、外来患者もいなくてガランとした1階フロアを抜け、リハビリルームへ入る。
すると、20畳程度はあるだろうか、広い部屋には周囲にベッドが並び、患者と療法士がペアとなり、前日俺が行ったような運動をしている。練習用の3〜4段程度の階段や、自転車漕ぎマシーン？のようなものも見える。そうした部屋の外周スペースと真ん中のスペースとの間は一周回れるような通路になっていて、そこで歩く練習ができるようになっている。真ん中のスペースにもベッドがある一方、体操の平行棒のように手すりが設けられ、やはり歩行練習などを行えるようになっていた。
この日も、足首の運動、股関節の運動、左足の筋トレに続き、松葉杖の歩行を見てもらうこととなった。怖かった、立ち上がって右足を下ろす瞬間だが...意外にもさほど痛みはない。多少痕が引っ張られる感じだが、何より車椅子が不便だったので、左足一本とは言え立ち上がれた自分が嬉しく思った。
で、松葉杖だ。
救急外来で帰宅時に渡された松葉杖で、入院までの二回の外来を通ったわけだが、腕は筋肉痛、脇には杖と擦れて酷いカサブタをこしらえていた。非常に苦い思い出を引きずったまま、療法士さんの前で松葉杖歩行を披露する。
何歩か歩くとすぐに療法士さんが止め「サイズが合ってないですね。腕が少し長めみたいですね。」と手早く手のひらのグリップを一段低くする。再度トライしてみると、それまで少し肘が曲がった状態だったものが自然に伸びて一気に楽な姿勢になった。再度止め、さらに全体の高さを5cmほど延ばしてくれた。「肩幅よりも少し開く感じですね。この方が安定しますよ。手は力を入れるというより、添えて外側に押し出すような感じで...」...試してみる。おお、グレイト！全然楽じゃないか。これならば筋肉痛にも、脇ずれにも悩まされなさそうだ。
そんなわけで、晴れて病院内の松葉杖による移動にも許可が出た。これでやっとトイレのためにナースコールをしないで済む（ちょっと残念(ぉぃ）。
早速、病室までは松葉杖で帰った。少し軽やかな気持ちになった。
ベッドに戻り、そういえば同期が来たことを嫁さんに知らせてなかったと思い、メールを送る。何度かやりとりをする中で、部署の人の話になる。
「同じ部署の人は来てくれないの？冷たいね。」「まあ、遠いしね。」
なんてやりとりをしていた正にその時、コツコツという革靴の音がこの部屋の奥にいる俺のベッドまで迫って来た。ひょいっ、とカーテンから覗いたその顔に仰天した。
「おう！」「はっ！？部長？」
なんと、まったくのアポなしで部長がいらして下さったのだ。なんてタイミングだ。
お決まりの軽い挨拶や会話に続き、部長の方から、10月からの新体制についてお話があった。噂には聞いていたが、フレックス勤務制がなくなること。結成式には気合いを入れて全員スーツ着用とのこと。これまでのゆっるーい社風とは転換するぞという雰囲気が伝わり、唾の一つも飲み込んでみる。
かなり高級そうなお菓子セットの包みを置き、椅子にも座らず、15分ほどの滞在で部長はお帰りになった。わざわざいらして下さったのは純粋に嬉しかったが、一方では現実に引き戻されるような感覚もあり、少し焦りが湧かないではなかった。部長からいただいたお菓子は...上品で美味いのだが、鬼のように甘かった。
部長がお帰りになってから1時間も経たなかったろう。再び足音が奥まで入って来た。
「どくたー！！」「カ、カルロスッ！？」
所属バンドLoopのギタリスト、カルロスだった。彼もまたアポなしでやってきてくれたのだ。
プライベートでは一番会っている友人ではないかというLoopメンバーの一人がやってきてくれて、再びテンションが上がる。事故の話から下らない話まで話が尽きなかったが、ちょうど夕食の配膳時間となり、日も暮れようとしていたので名残惜しくもカルロスは帰って行った。カルロスが持って来てくれた葉巻型のクッキーは、クッキーが嫌いなはずの嫁さんが何故か「これは大好きー」らしく、後日やって来た時にモリモリと食って行った。
その夜、アメリカーンな豪快な体格をした看護士さんが箱を持って病室を訪ねて来た。
「あのー、○○（俺）さん、●●（ハスキー婦人）とはお知り合いですか？」
「へっ？ああ、まあ、ちょっと仲良くお話はさせてもらった感じですけど。」
「これ、是非にって。」
それは、コージーコーナーの大きな箱で、半分くらいのスペースをケーキ5,6個（多分もともと10個以上入っていた？）が埋めていた。なるほど、ご家族が買って来て下さったケーキなのだろう。夕方持って行ったスイーツのお返しというわけだ。
部長のお土産の鬼甘な菓子を食って、若干甘いものに食傷気味ではあったが、せっかくのご好意だ。一番小さな、イチゴを添えたシュークリームをいただくことにした。
少しすると、3部屋ほど向こうのご婦人の部屋から「誕生日おめでとーーう！」という声が聞こえて来た。俺も心の中で小さく「おめでとうございます」とつぶやいてみて、そのシュークリームをいただいたのだった。
道徳的無免許(?)の嫁さんは運転できないので、頼るべくはタクシーしかない。着替えのために病院から自宅までの5kmほど、自宅から式場までの20km弱、その往復なので結構な追加ご祝儀となってしまうが、一生に一度の大切な式だ。そこはケチケチせずに、それよりも参加できる喜びを噛み締めた。
幸せの象徴たち
(PentaxK-7, PentaxFA31mmLimitedF1.8, ProgramMode, 1/160sec, F5.0, ISO200)
まあ、こんな足なわけだが、おめでたい場面に行ってしまうと何がなんでも撮りたくなってしまうのが職業病ならぬ趣味病と言ったところか。「一体、どうしたの？」「大変ねー」「気をつけて」と散々親族から言われてから2時間も経たないうちに、披露宴では左足ケンケンで各所に現れては撮影してしまっている自分がいたのであった (′Д`;。
さすがに、単焦点レンズ装着＋足で稼ぐというのは無理で、ほとんどを高倍率ズームで片付けることとなり、撮影結果には不満が残るのだが、この足という条件で、無謀な試みを責める者がいたとしても、撮影結果の方を責める者はいまいと納得することにした (^_^;。ちなみに、病院食ばっかの胃がびっくりするかも、と思いつつもしっかり完食した。いつものことだ。だって右足以外はいたって健康なのだ。
俺が就職するまでずっと一緒だった妹が、こうして旦那となった人と旅立つのはやっぱり、少し寂しいような、嬉しいような、不思議な感覚だった。しかし、その旦那がとても穏やかな好青年だったので、自信を持って送り出せる。とても晴れやかな気分で過ごせた式だった。
ちなみに俺は偶然に近い形で、両親よりも先に旦那と会っていた。旦那と、俺の嫁さんの誕生日が一日違い、付き合い始めた日も一日違い。二人が付き合い始めた直後に、俺達夫婦がダンナの住む寮と同じ町に偶然引っ越すなど、どうもうちの夫婦とは数奇の一致がある妹夫婦だ。
さて、入院日記に戻る。
これまで触れてこなかったが、この病院の病室にはヒエラルキーが存在する。すなわち、一日あたりの増額が15700円の個室を頂点とし、同2100円の「差額部屋」、そして差額なしのいわゆる「平民部屋」（今俺が名付けた (^_^;）という階層である。
その差は装備で、個室はもちろん部屋に一人。何やろうが自由である（そうじゃないだろ）。ユニットバスに専用電話まで装備しているらしい。冷蔵庫も無料。さすがヒエラルキーの頂点に君臨するだけのことはある。が、2週間入院予定の俺がこんなとこ入った日にゃ増額値だけで20万越えである。
「差額部屋」（これはほぼ公式名称）はと言うと、隣のベッドとの仕切りとして大きな家具が置かれる。大小の引き出しもついていて、結構な収容力だ。部屋自体の内装もちょっと綺麗でベージュがかっているし、照明は白熱灯の暖かい光となっている。2週間でおよそ3万...。
というわけで、平民な俺はさっくりと平民部屋である。差額部屋にあった間仕切りの大きな家具は高さ1メートルちょいの小さなロッカーに姿を変える。しかも、棚が一段しかないので「靴」「その他」という分類しかできないのが悩みどころだ。照明も味気ない蛍光灯だし、内装も小学校の教室のようだ。
それでも、ベッド脇のテレビ台？の装備は差額部屋と一緒で（当然個室なんて入ってないから同じかどうか知らん）、19インチの液晶テレビはどうやらPC端末に繋がっており、この端末によってテレビ番組も見れるし、有料で映画やゲームも楽しめるというものだった。テレビカードは1枚1000円で冷蔵庫と共用。テレビは30秒だかあたりで1円、冷蔵庫は24時間50円となっている。
で、俺はテレビはそんなに見ないので、テレビ用のLANをぶっこ抜いて勝手に自分のPowerBookを繋げているわけだ。テレビは有料だけどネットは無料だもんね。
ただ、そうするとテレビとMacは排他仕様となるため、Macで遊びながら「ちょっとニュースを」とテレビをうっかりつけると「LAN繋がってねーよ」と文句を言われ、端末を再起動するまでろくにテレビも見れなくなる。ますますテレビは向こうに追いやられる始末となる。
冷蔵庫もちょっとイマイチで、1.5リットル以上のペットボトルが入らないのだ。だから友人や家族が買ってきたペットボトルも常温で外に放置である。牛乳は頭の部分を折り曲げてギリギリセーフ。一体どういう基準で寸法設計してるんだ。
逆を言えば、このヒエラルキーは純粋に装備の差で、まあ当たり前だけど医療サービスとしての差はない（多分）。差額部屋の人達でもオグシオさんに髪を洗ってもらった人は多分いない（そこ？）。まあ平民部屋だったことによる不満は特に感じていない。
ちなみにハスキー声のご婦人は差額部屋にいらっしゃる。とても素敵な花を家具に置いていて、差額部屋をうまく使ってらっしゃるなあ、と思う。個室は知らんが、平民部屋より差額部屋の方が少し部屋数が多く感じられる。入院中くらい、すこしリラックスしたいと思うのが人情なのだろうか？
さて、話は手術の日を含めて数えて3日目（翌々日）。この日は土曜日（ハスキー婦人の誕生日）だった。
午前中に向かいのベッドの優しいおじいさんと、はす向かいの若者が相次いで退院していった。部屋には俺一人になった。寂しくなって(?)病院と最寄り駅を同じくする会社の同期がいたので、試しにメールしてみたら、見舞いに来てくれると言う。
午後になって、大柄で汗っかきな彼は相変わらずハンカチでおでこを拭きながら、パステルのやわらかプリンの包みを持って現れた。彼の嫁さんとも顔見知りで良く飲むのだが、今回は用事があって彼だけ。それでも嬉しい。今回の事故の経緯を話したり、アメフトをやっていた彼自身の肘の怪我の話、同期の話などを30〜40分はしたろうか。友人の結婚式二次会があるとのことで帰って行った。
彼の訪問と前後する時間だったと記憶しているが、隣のベッドに新たな入院者が入った。腰を悪くされた初老の声が高い男性のようだった。とりあえず、4人部屋で独りぼっちで寝る事態は避けられそうだとちょっと安心する。
14時半になってリハビリルームへ行く。外来の人達も利用するため、リハビリルームは外来窓口のある1階にある。相変わらず看護士さんに付き添ってもらい、車椅子で向かう。入院してから初めて1階に下りた。土曜のため、外来患者もいなくてガランとした1階フロアを抜け、リハビリルームへ入る。
すると、20畳程度はあるだろうか、広い部屋には周囲にベッドが並び、患者と療法士がペアとなり、前日俺が行ったような運動をしている。練習用の3〜4段程度の階段や、自転車漕ぎマシーン？のようなものも見える。そうした部屋の外周スペースと真ん中のスペースとの間は一周回れるような通路になっていて、そこで歩く練習ができるようになっている。真ん中のスペースにもベッドがある一方、体操の平行棒のように手すりが設けられ、やはり歩行練習などを行えるようになっていた。
この日も、足首の運動、股関節の運動、左足の筋トレに続き、松葉杖の歩行を見てもらうこととなった。怖かった、立ち上がって右足を下ろす瞬間だが...意外にもさほど痛みはない。多少痕が引っ張られる感じだが、何より車椅子が不便だったので、左足一本とは言え立ち上がれた自分が嬉しく思った。
で、松葉杖だ。
救急外来で帰宅時に渡された松葉杖で、入院までの二回の外来を通ったわけだが、腕は筋肉痛、脇には杖と擦れて酷いカサブタをこしらえていた。非常に苦い思い出を引きずったまま、療法士さんの前で松葉杖歩行を披露する。
何歩か歩くとすぐに療法士さんが止め「サイズが合ってないですね。腕が少し長めみたいですね。」と手早く手のひらのグリップを一段低くする。再度トライしてみると、それまで少し肘が曲がった状態だったものが自然に伸びて一気に楽な姿勢になった。再度止め、さらに全体の高さを5cmほど延ばしてくれた。「肩幅よりも少し開く感じですね。この方が安定しますよ。手は力を入れるというより、添えて外側に押し出すような感じで...」...試してみる。おお、グレイト！全然楽じゃないか。これならば筋肉痛にも、脇ずれにも悩まされなさそうだ。
そんなわけで、晴れて病院内の松葉杖による移動にも許可が出た。これでやっとトイレのためにナースコールをしないで済む（ちょっと残念(ぉぃ）。
早速、病室までは松葉杖で帰った。少し軽やかな気持ちになった。
ベッドに戻り、そういえば同期が来たことを嫁さんに知らせてなかったと思い、メールを送る。何度かやりとりをする中で、部署の人の話になる。
「同じ部署の人は来てくれないの？冷たいね。」「まあ、遠いしね。」
なんてやりとりをしていた正にその時、コツコツという革靴の音がこの部屋の奥にいる俺のベッドまで迫って来た。ひょいっ、とカーテンから覗いたその顔に仰天した。
「おう！」「はっ！？部長？」
なんと、まったくのアポなしで部長がいらして下さったのだ。なんてタイミングだ。
お決まりの軽い挨拶や会話に続き、部長の方から、10月からの新体制についてお話があった。噂には聞いていたが、フレックス勤務制がなくなること。結成式には気合いを入れて全員スーツ着用とのこと。これまでのゆっるーい社風とは転換するぞという雰囲気が伝わり、唾の一つも飲み込んでみる。
かなり高級そうなお菓子セットの包みを置き、椅子にも座らず、15分ほどの滞在で部長はお帰りになった。わざわざいらして下さったのは純粋に嬉しかったが、一方では現実に引き戻されるような感覚もあり、少し焦りが湧かないではなかった。部長からいただいたお菓子は...上品で美味いのだが、鬼のように甘かった。
部長がお帰りになってから1時間も経たなかったろう。再び足音が奥まで入って来た。
「どくたー！！」「カ、カルロスッ！？」
所属バンドLoopのギタリスト、カルロスだった。彼もまたアポなしでやってきてくれたのだ。
プライベートでは一番会っている友人ではないかというLoopメンバーの一人がやってきてくれて、再びテンションが上がる。事故の話から下らない話まで話が尽きなかったが、ちょうど夕食の配膳時間となり、日も暮れようとしていたので名残惜しくもカルロスは帰って行った。カルロスが持って来てくれた葉巻型のクッキーは、クッキーが嫌いなはずの嫁さんが何故か「これは大好きー」らしく、後日やって来た時にモリモリと食って行った。
その夜、アメリカーンな豪快な体格をした看護士さんが箱を持って病室を訪ねて来た。
「あのー、○○（俺）さん、●●（ハスキー婦人）とはお知り合いですか？」
「へっ？ああ、まあ、ちょっと仲良くお話はさせてもらった感じですけど。」
「これ、是非にって。」
それは、コージーコーナーの大きな箱で、半分くらいのスペースをケーキ5,6個（多分もともと10個以上入っていた？）が埋めていた。なるほど、ご家族が買って来て下さったケーキなのだろう。夕方持って行ったスイーツのお返しというわけだ。
部長のお土産の鬼甘な菓子を食って、若干甘いものに食傷気味ではあったが、せっかくのご好意だ。一番小さな、イチゴを添えたシュークリームをいただくことにした。
少しすると、3部屋ほど向こうのご婦人の部屋から「誕生日おめでとーーう！」という声が聞こえて来た。俺も心の中で小さく「おめでとうございます」とつぶやいてみて、そのシュークリームをいただいたのだった。
nobilesの投稿(18:21:18-2009-10-05) -
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